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- 卒業生, 理窓 2018年1月号
- 小学校での2年間の教員生活は、その後の教員生活の大事な財産
小学校での2年間の教員生活は、その後の教員生活の大事な財産
- 2017/12/27
- 卒業生, 理窓 2018年1月号
昭和47年春、卒業式を何とか4年間でむかえることができました。式を終えると皆に別れを告げ郷里へ向かいました。新幹線と在来線を乗り継ぎ、福井に着いたのは翌午前1時過ぎ。出迎えの母は開口一番「今日から先生よ!」。学生気分が抜ける間もなく「先生」となる自分に少々の不安を抱いた瞬間でした。赴任先は家から1時間ほどの全校児童68名の小さな小学校でした。当時の福井県は小・中・高の教員を一括採用しており、私のように小学校教員免許のない人は小学校に配属され助教諭という形で採用されました。教室に行くと男子5名、女子9名の子供たちが上目遣いに私を待っていました。この子供たちとの2年間の生活は私の37年間の教員生活の基盤を築いてくれました。
「小学校教諭資格認定試験」で無事小学校教員免許をとった後は退職まで県立学校7校で物理の授業と吹奏楽の指導(旧フジテレビ内で実施されていた小澤征爾さんのオーケストラリハーサルを何度も見に行ったことは大変勉強になった。)を務めてきました。また校外では市民バンドの育成やオーケストラ活動に力を注ぎこれも35年続けてまいりました。
代議員を務めている間にこれからの勉強のためにと、東京での理窓会関連の行事や関西各支部の総会や新年会、鳥人間の応援や春夏の関西合同ハイキング等々に参加するようになりました。「あなたはどこの支部の人?」と言われるくらいあちこち顔を出しましたが、酒井康行前支部長の後任としてこれらの経験を生かし、より楽しい支部活動を目指し福井支部の発展のために努力を惜しまないとの気持ちで一杯です。