人文社会科学の研究者になってー組織運営の観点から

野田キャンパスにいた学生時代、ランチは生協のわかめうどんが好きだった。大学院生としてつくばの高エネルギー加速器研究機構にいた時は、たいていサンドイッチ。東大本郷時代は2食のスンドゥブが好きで、東大柏キャンパスに来てからはもっぱら玄米中心の手作りのお弁当である。ランチメニューは日本的で代わり映えはないが、理工学部で物理を学ぶことでスタートした私のキャリアは、人文社会科学の研究者になって思わぬ方向に発展した。ここでは私の経験した、大学の部局によって異なる組織運営について紹介しようと思う。

現在、副機構長を務める東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)は、数学と物理学、天文学を中心とする国際研究所である。文科省のWPIプログラムで、物理学者の村山斉初代機構長が2007年に設立、その後、9の拠点のうち唯一、5年延長が認められた。この成功を大学本部も支援をし、恒久化された。2022年度からは国際高等研究所傘下の一研究機構として運営がされており、現在は物理学者の大栗博司機構長が率いている。

私は理科大から高エネルギー加速器研究機構に連携大学院生として国際実験に参加をし、2004年に博士(理学)を取得した。その後、かねてから興味のあった科学ジャーナリストの活動を2年間した後、2007年に、東京大学の理学系研究科に新しい分野であった科学コミュニケーションの准教授として着任、2017年にカブリIPMUに教授として着任した。それ以後、この機構の風通しの良い雰囲気にすっかり魅了された。研究でも22年度JSTの10の代表的成果の1つに取り上げられた。その傍ら、副機構長としての運営を日々、執行部で議論をしている。

本機構の特徴をいくつか紹介しよう。まず、メンバーの多様性である。国際的な研究機構ということもあり、教員ポスドクは国際公募であり、12~13名の公募への応募が700名を超えたこともあり、推薦書は多くの場合6通が必要で、専門委員会の他に、専門が違う教員とも面接を行う。これだけの人気を誇るカブリIPMUポスドクは、世界中にアナウンスされ、研究に専念できる素晴らしい場所だと知られている。

次にティータイムである。15時になると、機構の建物にチャイムがなる。研究者の唯一の義務は、建物内にいるときにはティータイムに建物の中央に設置されたホールに出てきて、周囲の研究者と会話をすることである。コロナで一時、閉鎖もされたが、次第に再開をしている。実際にこのティータイムの交流によって、アイデアが結集し論文になったケースもある。

もうひとつは、ダイバーシティについての意識の高さである。現在、機構が進めるダイバーシティイニシアティブは、2021年度の東京大学内の提案で1位を取り獲得した予算で進められている。ジェンダーや国籍、宗教、政治思想などによって差別をしないという行動規範、code of conductを発表し、人事担当のダイバーシティトレーニングやリーダーシップ研修、研究会を開催する際には女性の参加率を確認している。

最初の2つは、立ち上げ初期から設計されており、3つは近年特に強化をされてきている。ロシア、ウクライナからの研究者も意識的に支援を進めている。

伝統的な部局では委員会、教授会承認のステップがあるが、カブリIPMUには教授会はなく、機構長と研究者である3人の副機構長の4人で多くのことを迅速に決定する。必要な際には運営委員会を開催する。風通しのよい環境は、機構長自ら構成員全員にメールすることでも支えられている。

構成員から執行部に、全員にCcされたメールで不満や疑問を投げかけられることもある。より良い研究環境を実現するため、遠慮なく意見を交わして、時に寄り添い、合理的な線引きを見つけていくことができる環境は大変健康的であると感じる。強固な信頼関係が長い年月をかけて積み上げられ、実現できている。

東大に着任してから、常に組織運営に関わってきた。伝統的部局のひとつ理学系研究科での10年の在籍に加え、2021年度は部局を束ねる本部にて広報室長・広報戦略企画室長・広報戦略本部副本部長を務めた。中堅の年代で、大学運営に関わり、新しい改革案が出るたびに、内部のコミュニケーションと外部のコミュニケーションを重ねる重要さを、直に知ることができたことは貴重な機会だった。

大学運営の複雑さを知ることで、カブリIPMUの成功の法則が見えてきた。適度な大きさの組織で、リーダーが常に進むべき方向を示す。時代の変化を迅速に取り入れ、善くあろうとする精神に満ちている。カブリIPMUは東大の中でもニーチェのいう「憧れの矢」なのだと思う。さらに突き進むために何が必要かを、明日のお弁当は何にするかと同時に考える日々である。

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